【Vol.09】「いきなり完成形を目指すな」:導入失敗を招く“ビッグバン移行”の罠と、Googleも実践した段階的ロードマップ

ゼロトラスト実装ガイド

~ ゼロトラストは「製品」ではなく「旅(Journey)」である ~

「ゼロトラスト製品を導入すれば、来月から我が社もゼロトラストだ」
もしそう考えているなら、そのプロジェクトは失敗する確率が高いでしょう。

ゼロトラストは、特定のスイッチをオンにすれば完了する「機能」ではありません。数年かけてインフラ、運用、そして組織文化を再構築していく「旅(Journey)」です。
Googleでさえ、独自のゼロトラストモデル(BeyondCorp)の移行を完了するのに数年の歳月を費やしました。

本稿では、事例とCISA(米国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁)のガイドラインに基づき、導入失敗の典型である「ビッグバン移行」を避け、確実にゴールへ到達するための「段階的ロードマップ」を提言します。

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1. 失敗するパターンの典型:「ビッグバン移行」

一斉切り替えは「業務停止」を招く

多くの企業が陥る最大の罠が、「ビッグバン移行(全社一斉導入)」です。
「来週月曜日からVPNを廃止し、全員新しい認証基盤を使ってください」とアナウンスした結果、何が起きるでしょうか?

  • 「レガシーアプリにログインできない」
  • 「現場のタブレットが繋がらない」
  • 「設定手順がわからない」

情シスの電話は鳴り止まず、業務は停止し、経営陣からは「余計なことをして仕事を止めるな」と怒号が飛びます。そして、元のVPN環境にロールバック(切り戻し)され、プロジェクトは凍結されます。
インフラの刷新において、「ユーザーに変化を意識させる」ことは、それ自体がリスクなのです。

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2. 成功の青写真:CISA「ゼロトラスト成熟度モデル」

現在地を知り、次の「一歩」を目指す

では、どう進めばよいのでしょうか。CISA(米国のセキュリティ庁)が策定したゼロトラスト成熟度モデルが優れた羅針盤になります。

ゼロトラスト成熟度モデルによると、組織の状態は以下の4段階に分類されます。

  1. Traditional(従来型): 固定的なパスワード、境界防御への依存。手動運用。
  2. Initial(初期): ID統合、MFAの導入。ログの収集開始。
  3. Advanced(高度): ネットワークのマイクロセグメンテーション。SIEMによる分析。
  4. Optimal(最適): AIによる自動防御と自動遮断。

中堅企業の情シスが目指すべき最初のゴールは、「Traditional」から「Initial」への移行です。いきなりAI防御(Optimal)を目指す必要はありません。まずは「IDとMFAの統合」だけで十分な成果(Quick Win)が出ます。

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3. Googleはどうやったか? 「並行稼働」と「段階的適用」

ユーザーに気づかれないように移行する

ゼロトラストの先駆者であるGoogleの「BeyondCorp」プロジェクトは、どのように数万人の従業員を移行させたのでしょうか?その鮮やかな手口をご紹介します。

  1. 非特権ネットワークの構築:
    既存の社内LANとは別に、インターネットと同様の扱いをする「新しいネットワーク」を構築しました。
  2. パイロット運用:
    最初は情シスや開発者など、リテラシーの高い一部のユーザーだけを新ネットワークに移動させました。
  3. トラフィック解析:
    誰がどのアプリを使っているかを分析し、「移行しても問題ない」と確証が得られたユーザー/アプリから順に、裏側でそっと切り替えていきました。

彼らは、既存環境を壊さず、新環境を「並行稼働」させ、時間をかけて徐々に住民(ユーザー)を移住させたのです。これが、成功の鉄則です。

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4. 経営層を説得する:「セキュリティ」ではなく「品質」で語る

「ハッカーが怖い」では予算は降りない

ロードマップを描いたら、最後は予算の承認です。しかし、経営陣に「技術的な正しさ」を説いても響きません。彼らが知りたいのは「投資対効果(ROI)」です。

ゼロトラストへの投資を、以下のような「ビジネス価値」に翻訳して提案してください。

  • 生産性向上: 「VPNに繋ぐ手間」や「遅延」が消え、社員がどこでも快適に働けるようになる。
  • BCP(事業継続): 災害時やパンデミック時でも、出社せずに安全に業務を継続できる体制が整う。
  • コスト最適化: ゼロトラスト化が進めば、高価な専用線やVPN装置、境界ファイアウォールの維持費を削減できる。

「セキュリティのための投資」ではなく、「会社の競争力を高めるためのインフラ投資」としてプレゼンするのです。

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結論:今日から始める「スモールスタート」

ゼロトラスト導入は、巨大な壁を登るようなものではありません。階段を一段ずつ上がる行為です。

  1. 現状把握(Vol.3): 自社の資産とフローを知る。
  2. 基盤構築(Vol.4-5): ID統合とEDR導入(Initialレベル)。
  3. パイロット展開: 情シス部門だけで試行運用する。
  4. 段階的拡大: 営業部、管理部へと対象を広げる。

中堅・成長企業の情シス責任者へ。
まずは「情シス部門の数名だけ」で、VPNを使わずにクラウド経由で社内システムにアクセスする環境を作ってみてください。その小さな成功体験が、全社を変革する長い旅の第一歩となります。

本記事は、ZTRラボが提唱する全15章の「生存戦略」の一部(各論)です。 ゼロトラストとレジリエンスを統合した実装ロードマップの全体像を知りたい方は、まず以下の「実装バイブル」をご覧ください。

▶ 【完全保存版】ゼロトラスト×レジリエンス 実装バイブル:侵入前提時代を生き抜く「全15章の生存戦略」

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